凡人が天才に勝つ必勝法

凡人は天才には叶わないものだとは分かっていても、それを考えればやる気を失ってしまう。だけど、それは果たして本当だろうか?天才じゃなくても、凡人が天才に勝つことはできないのかといえば、実は勝つことができるのだ。それはなぜか?そして凡人が天才に勝つ必勝法をここでは紹介します。

【—このページの目次—】
凡人と天才の違いはどれだけなのか
2.凡人が天才に勝てる時はどんな時
3.凡人が天才に勝つために必要なのは意識づけ

凡人と天才の違いはどれだけなのか

天才は、生まれながらに才能を持っている。その才能は凡人に比べても圧倒的な才能だ。凡人には測れたものじゃない。これは生まれながらという事もあり、凡人と天才の差は埋められるものじゃない。

ただ、天才はその才能はあるところに発揮されるもので、数学も出来て運動も出来てという天才は聞いたことはない。

その才能をもし持っていたとしても、努力を分けてしまえば、その才能も半分しか発揮できないことになり、天才と呼ばれるまでに到達できるかは疑問。

改めて考えても分かるように、同じ道を同じ方向に向かっていれば天才には到底勝てないのだ。

凡人が天才に勝てる時はどんな時

じゃあどうやって、凡人が、その天才に勝てるのかと言えば、それは天才が努力を辞めた時とか、努力の方向を間違った時。そして天才が誰もしてない努力をする場合だ。

それ以外で天才に勝つことは、残念ながら凡人にはできないと認めるしかない。

天才に勝てる時、それは天才が努力を辞めた時で、なぜかというと才能はそこで止まってしまうから。

だから、凡人でも努力を続けてれば天才の成し得なかった事もできる結果にもなる。

発明王と言われるトーマス・エジソンは知ってると思う。彼は御木本幸吉に対して自分には出来なかったと賞賛を残した。

御木本氏とはあの真珠のミキモト創立者で、御木本氏は地道な努力を重ねて真珠の養殖を成功させた人物だ。

その頃エジソンは発電機や蓄音機を作っていたのだから、真珠の養殖という道を歩いてなかった。

つまり、同じ道を歩いていても、天才がいなくなれば、凡人がゴールに辿り着くチャンスだということ。または、天才が歩いていない道を歩いてゴールを掴むこと、この2通りしかない。

凡人が天才に勝つために必要なのは意識づけ

凡人が天才に勝つ時は、残念ながらこの2通り。そこに何が必要かというと、努力を続けられる強い意識。

それは、目標を定める時に必要なもので、簡単に言えば広い視野を持つことでいい。継続する力をつけるには色々と方法はあるだろうけど、実は目標の位置がかなり重要。

目標があるから努力をするのだから、目標がぐらついてはいけないのね。

だけど、世の中って変わっていくもので、その中でも揺るがないものを目標にも盛り込むことが必要だということに気づいていない人は多い。

目標を達成するには何も一つだけ正解の道があるわけじゃない。いろんな努力をしながら目標に近づくのが実際のところ。

だから迷いやすいし、流されやすくてゴールにたどり着けなくなってしまう。だけど、目標を立てる時に、なぜその目標なのかと
本質を探れば目標揺るがない目標を定められる。そのためには広い視野を持って考えることが大事というわけ。目標を見失えば、努力は出来ないのだ。

凡人が天才に勝つためには努力を続けるしかない。それには、目標とコミットメントできてるかどうか肝心なのだ。目標としっかりコミットメントできていれば、努力は続けられて時間が経てば天才にも勝てる準備はバッチリ整い、あとは機会が訪れるのを待てばいい。

もし、その機会が訪れなかったとしても、時間が経てば凡人の中でもトップにいる実力と経験をつけていることになる。それはそれで、胸を張って誇れるものを手に入れてる事になる。

最後に・・・

凡人が天才に勝つためにというタイトルで書いてはきたけれど、天才とは元々の素質が違うから、どれだけ努力をすれば追いつけるのかは測れないもの。

どんだけ頑張っても無理かもしれない。だけど、天才に勝つためにという意識がポジティブに働くのなら、追いつこうと必死になれば苦手だった努力もできるようになる。

確かに、前に人のいないマラソンはきつくて仕方ないから、追いかける人があるのは努力の方法でもあると思う。

もし、結果負けたとしても、それだけ努力をしていれば、自分も納得できる人生になるはずだし。天才には勝てないからとネガティブに考えを働かせるよりも役に立つ考え方だと言えるだろう。

YOSHIKA YAMASAKI

マルチクリエイターとして活動。幼い頃から表現の世界に足を踏み入れ、それは、写真、絵画、詩をまたぎ、人間の深層心理までをも引きずり込んだ表現意欲を探り続ける旅となる。地図を持たない自由な旅を国内外問わず続け、人の多様性を学び、自然を学び、自らの表現の糧とする。自由奔放な発想で、大手外資系企業との経歴も抱えながらも、現在は表現者として、人と人の関係、ひいては、人と自然の関係を探る旅を再開している。

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